電子出版と日本の漫画

前書き

今更ですが、AppleiPadを発表したせいで世界的に見ると電子出版の潮流は加速が必至なのは自明の理ですが、それが即、日本に導入されるかというとそうでもないと思います。
元々携帯だけじゃなく出版もガラパゴス的に進化してきた日本ですから過剰なまでの印刷品位と圧倒的な安さは驚異的ですので国内での浸透は緩やかではないかな、と考えています。
特に国内出版物の過半数を占めると言われる漫画ですが、既に漫画家のうめ先生によって日本語漫画では恐らく初であるKindleでの電子出版が試されてますが*1予想以上に高コストになりそうですし、現行の電子出版の規格だと文字の可読性等の観点から難しいと言えます。これに関しては週刊少年マガジンで「魔法先生ネギま!」を連載している赤松健先生が既に試しています。*2

ハードのスペック

名称 Kindle 2 Kindle DX iPad SONY Reader
解像度 600x800 824x1024 768x1024 600x1024
画面サイズ 6 9.7 9.7 7.1
値段($) 259 489 499 399.99
方式 E-ink E-ink IPS液晶 E-ink
階調 16階調 16階調 1677万階調 16階調
カラー/モノクロ モノクロ モノクロ カラー モノクロ

iPadの階調は予想ですけど、多分これくらいはあると思います。
ちなみにE-inkは電子泳動系のディスプレイで、低消費電力なのが何よりの魅力です。IPS液晶はノートPCに使われているTN液晶と違って高視野角なのがメリットとなっています。
また、E-inkは反射型ですので紙と同じく外光がないと読めないですが、iPadは透過型液晶ディスプレイですので暗い所でも見えるという違いもあります。
E-inkは電子ペーパーの担い手として数年前から注目されてきたのですが、その理由としてはやはり超低消費電力だったことです。ただ、iPadがバッテリーで10時間持ち「そもそも10時間連続で本を読まない」と謳っていることからも今後必ずしもE-inkが電子出版ハードのデファクトスタンダードになるとは思えなくなってきました。液晶技術も進歩してますしね。カラー対応の容易さを考えたら液晶の方が格段に楽ですから。


で、肝心の既存の漫画を読むことが可能かどうかと言うと現行では難しいと言えます。勿論、ハードに合わせて漫画を描けば可能でしょうが、ダウングレードを了承する作家がどれだけいるか判りませんし。
そもそも日本の漫画は見開きで読むことが前提です。青年誌の単行本でよく使われているB6版のサイズだと128mm x 182mmですが見開きだと256mm x 182mmのサイズな訳でiPadXGAの解像度でも全然足りないでしょう。Kindleだと解像度をフルにPDFやJPEGに使えないという問題もありますが、iPadの解像度をフルに使えたとしても1ページがギリギリではないでしょうか。多分その倍の解像度…、例えばフルHDの1920x1080くらいの解像度が必要だと思います。
「対角10inch以下でフルHDの液晶は流石に無理かというとそんなことはない。コストの問題さえクリアできればIPS液晶と同等以上の画質で実現は可能」とは某液晶ディスプレイメーカーの設計者*3の弁がありますので、実現の可能性はあります。

ハードに合わせた漫画

ハードが追いつかないなら、ハードに合わせた漫画を描けば良い、というのはアリです。というか現状の日本の携帯コミックなんかは正にそんな状態です。
現在は見開きで見ることを前提にコマ割りなどが行われていますが、電子書籍向きに1ページで読むことを意識したコマ割りの技術と可読性を高める為に大きな文字を扱うような吹き出しの配置等、遣りようはあります。ですが全ての漫画家にその技術を求めるのは少々無理だと思いますし、現状紙で出版しているのをそのまま移植、というのもハードルは高そうです。
唯一その制約を受けないのは4コマ漫画でしょう。これは見開き前提ではないですし、文字も比較的大きなものが多いので容易に電子書籍化は出来そうです。

日本での電子書籍の今

PC向けのWebコミックは各出版社が独自の方式で独自のドメインで行っています。ただ余程の漫画好きじゃないとチェックしないし読んでないのが現状だと思います。かつて当ブログでも何度か扱ってきましたし、同人誌で書いてますが余り変化していないというのが正直な感想です。
携帯向けだとシーモアとかポータルがあるように見えますがどうなんでしょう。正直携帯コミックは自分の守備範囲なので自信は今ひとつですが…
他には電子書籍として単行本をDLして販売するeBookJapanがありますが余り普及しているとは思えません。絶版系作品を読むために一度利用しましたが、ビューワーのインストールが必要だったり色々と面倒なんですよね。面倒と言えば幻冬舎のWebコミック GENZOも課金とかが面倒でした…

纏めると、

  • 雑誌をWeb媒体に持ってきたPC向け無料コミックは存在するがポータルがなく、マニアしか知らない&読まない
  • 電子書籍のDL販売は知名度が低く利便性も低い
  • 携帯コミックはその確立された課金制もあり伸びはあるが日本国内で閉じている

何故国内の電子出版は普及しないのか

「ペニーギャップ」なるものの正体は、「課金やインターフェイスの取っ付きにくさ」だと考えられる。

iPad対Kindle、勝負あり。そして出版の未来。 – 磯崎哲也 – アゴラ

これに尽きると思います。
兎に角面倒なんですよね、色々と。あと知名度が圧倒的に低いというのも問題でしょうか。勿論出版物の安さというのもありますが、兎にも角にも取っ付きにくいのが問題です。

電子出版における出版社の役割

ここで話は少し逸れますが、電子出版になることで出版社を通さずに漫画家が個人で商売が出来るのではないか、という話があります。実際何かと有名な佐藤秀峰氏が1話数十円でやっています。でうが、やはり出版社の仕事というのは今後も必要だと思います。
特に必要なのが翻訳問題。現在の電子書籍の流れで一番注目すべきことは市場が世界に広がることです。幸いにも日本の漫画は世界中で親しまれていますので、マーケットを広げることで出版不況を脱することが可能ではないでしょうか。
現在も他国語版を現地の出版社なりと契約して出版しているみたいですが、トラブルも多く国によっては出版停止になっている作品も多々あります。あの「よつばと!」ですらイタリアでは休止になっています。*4
バクマン。」よろしく作品作りのパートナーとしてもそうですし、様々な矢面に立つのにも他国語翻訳にも出版社は今後とも必要どころか、より重要度は増すと思います。

単行本はなくなるか?

無くなりはしないでしょう。特に単行本は愛蔵版が色々と出ているようにコレクター性が担保されている媒体です。特に日本の印刷技術は高いので例え高画質のフルHDの液晶ディスプレイを持ってしても足下に及ばない色味と精細度が実現できます。
なくなるとすれば雑誌でしょう。現状でも雑誌が赤字でどこも火の車で、Webコミックを模索していることからもそれはよく判ります。
ただ、単行本の電子書籍化もコンビニ廉価版がある程度普及しているように安価で利便性が高いことやや絶版本の販売に適していますし、海外では紙の印刷物が高いこととエコ意識の高さからある程度は需要が見込めるとは思います。

電子書籍と漫画の未来

予想される未来としては

  1. AmazonAppleに流通を牛耳られ、それに対応した漫画が進化する
  2. 漫画用の端末が開発され、それ用の流通も出来る

の2つですが、現状では1の可能性が高いように思えます。
2の可能性も無くはないですが低そうですね。有り得るとすれば現在も電子書籍リーダーで一定のシェアを持ち、且つ日本のオタク系コンテンツに関する理解と知名度と実績をある程度持っているSONYが端末の開発から流通まで一手に担うことでしょうか。
端末の開発ならSONYお家芸ですし、流通に関してもPSstoreがあるので実は現在からそれほど無理なく流用可能なんですよね。課金やインターフェースの取っ付きにくさもPSstoreではそれほど感じませんでしたし。
ゲームやアニメと違って容量は小さいでしょうし、問題があるとすれば値段でしょうか。もともと安いのがどこまで安くなるのかが問題でしょう。ガンダムUCみたいにレンタル1000円とかの高値はちょっと止めて欲しいかな…
取りあえず端末が高いのでシニア層向けに手塚先生や赤塚先生のを配信し、文字が読みにくい人には虫眼鏡系のツールも完備されたり、もしくは携帯コミックみたいにコマを送る表示機能付けたりとか。ついでに朗読機能付き絵本とかで子供向けを意識して親世代も意識させつつ、英語教材も似たように配信して漫画を読みたい読者層に理由付けも与えてあげれば良いのではないでしょうか。
そういえばファミコンが発売された時は、悟空っぽいキャラが将来的にはこんなに便利になるんだって言ってたっけ。親に泣きついて買って貰ったのもその手の背景がそこそこ有効に機能したのもいい思い出だなぁ。


個人的には海外勢に圧倒された上に自分が好きな漫画がそれ向けにカスタマイズされたせいで紙の漫画の面白さが削がれるのは嫌なので頑張って欲しいなぁ、と思う次第です。


「ピンチをチャンスに」と良く言われているように是非とも業界の方々は知恵を絞って頂きたい所存です。

余談というか蛇足

何だかんだ言ってきましたけど、少なくとも光和コンピューターの事業形態は失敗すると思うんですよね。
任天堂が20年以上前にディスクシステムで失敗したことをまるで判ってない。既存の業態のしがらみに縛られてあーだこーだやってる間に、海外勢に呆気なく食われて終わっちゃうと思いますよ。